苦しい。
久しぶりの感覚だ。
いや、久しぶりだっただろうか……?
まあ、そんなことはどうでもいいか
。
あれだけ楽しいと感じていた通所先へも今月は行けず、やりたいとおもってたことへの情熱も何もかも消えてしまって、冷えきった部屋の中で夢を燃やしたような灰と二人きりのような気分。
自信が喪失したせいかだろうか。できるか否かよりも、もはや何がしたかったのかさえも思い出せない。
体調不良がいつもより長いのも悩みの種だ。空腹は覚えるのに、一口運ぶと吐きそうになる。
休んでる間にも迫る、通所先への利用期限に震える。
それでも体は動かない。あるけばボーッとしてふらつきを感じる。
さらにはふとした瞬間に、なにもない瞬間に涙が出る始末。
何より語る言葉の美しくなさは頻繁に私を苛む。
小学校から始まった不登校の最中、全く勉強していなかったせいで理解できることすらない。
学ばなければならない知識は膨大で、どこから手をつけたらいいのかもわからない。加えて、理解できなかったらと思うと、恐怖で表紙に手を伸ばすのもままならない。
睡眠薬もほとんど意味を成さない。また鳥の鳴き声が聞こえてきた。
起きた瞬間ではなく、鳥の鳴き声が聞こえ始めるまえから起き続けるのは吐き気がする。鳥の鳴き声が、私を責め立てる怒声に聞こえるのだ。
ああ、涙が滲んできた。何の理由もないのに。
でも、確かに苦しい。それは確かだ。
私は何をしたらいいのだろう。何をしたら、いや、何ができるのだろうか。
普通にはどうしたって馴染めない、すぐに不安定な心持ちになってしまう。
しかし特殊な分野で生きていけるだけの技量も知性も才覚もない。
通所先が好きなのに通えなくなる時点で、何も成すことはできない──継続力がないのだと、証明しているようなものではないか。
ワナビーに過ぎぬ凡俗は夢を見てなどいないで、“普通に慎ましく生きよ”と?
そんなのは死んでいるのと変わらないではないか。
本当に参っている。私は何がやりたかった?
どうしたらいいのだろうか。
愛する人の手にかけてもらえれば救われるのだろうか。
そんなことを想っても、いざ死がセマルことを考えたら恐ろしくてたまらない。
私は本当に情けなくて、個性も美感もないつまらない人間なのね。