幾何学時計

社会復帰を目指す元引きこもりの日記。でも多分ドラゴンボールの話題が多い。

【DB超】緊急事態発生! そろわない10人のメンバー!!【感想】

ビルスがブウを叩き起こしたら死ぬんじゃないかしら。
 ブウを無理やり起こすのに必要な力って致命傷に近そうというか。
 それにしても、もう残り3時間なのね。


 場面が変わって他の内にになったのは嬉しいけど、カンパーリの話し方は最初のトーンのほうがよかったなぁ。
 ニグリッシのデザインって誰が担当なのかしら。全然魅力を感じないのだけど。いいんだろうか、商業として。

 それは置いといてエアの陰湿そうな話し方!
 以前の筋肉バカ発言といい、知性を重んじるというよりも体育会系を必要以上に見下す印象を受ける。

 ニグリッシに対する「最高の改造戦士」という発言や、気になるのは、この宇宙では強化改造は当然の行いということだろうか。
 必要な機能があれば付け足して、不要ならば捨てたりするのかしら。どこまでの改造なら許容されるのだろう。
 原型は残っているのだろうか? そんなものは合理性に比べれば些事と、誰も気に留めないのだろうか?
 近未来SF的な文化なのだろうか。倫理観などは我々とは大きく違いそうだ。

 必要なことしか言わないモスコは、マスコット的な見た目と違い存外機械的? 機械ならば意外でもないけれども。
 あれ? そもそも彼ってどんな生命体なんだ?
 改造戦士? ゴーレムのような古代、神代の技術で造られた存在?

 ……まあ、アニメでは語られないか。

 モスコの後ろに隠れる二人は可愛くていい。全く動じないモスコも可愛い。
 ナリラーマが紹介される度に負けそうな感じが増していくのが凄い。絶対早々にリングアウトするタイプじゃないか。こんなのフラグだわ。


 あー、18号さんに抱っこされるマーロンちゃん羨ましい。本当に羨ましい。私もあんな美人で強くて可愛い母親欲しい。

 マーロンを気にかける悟飯ちゃんが、自分にも子供がいるから一層気にかけているように感じる。
 無論、子供が好きではなくとも気にかけることは多々あるし、悟飯ちゃんは子供嫌いじゃないから一般的な反応なんだろうが、どうも父親になった分、子供という存在が可愛く思えてるようなに見える。
 野沢さんの演技がそう思わせるのかしら。

 ……にしても、ジャージでも18号さん麗しい……。
 ……麗しいけど、それで出場するの?


 ……ああ、胴着とか持ってないだろうし、ベジータのように戦闘服があるわけでもなく、仕立てる時間もないから、普通にジャージになるか。
 ほぼ間違いなく破れたりするのに、わざわざお金をかけることもないものね。



「悟飯が第7宇宙のリーダーなんだから眠り込んだブウをなんとかしろ」
→目を閉じて思案
→「きっと父さんがなんとかしてくれます(根拠はない)」

 このシーンは笑っていいのかしら……。悟空は頼りになるけど、今起きてる問題って戦闘じゃないけど……。
 でも、まあ、悟空がいればなんとかなると思ってしまうのは仕方ないか。

 
 1000万ゼニーの嘘の件、バレたけれど、宇宙の危機というの代表選手につき1000万ゼニーって安すぎる気がしなくもない。
 総額なら1億ではあるけれど。

 しかし、一つの星の全ての生命どころか、全ての星の全ての生命、加えて今までの過去と、これからある未来がかかってると考えると、もし本当に賞金があったとしても、やはり1億なんて安すぎる。

 とか考えてたら次のシーンでベジータの出禁が確定して笑ってしまった。
 まあ、出禁とか言ったところで無視して入るんだろうけど。ポポやデンデちゃんが止められる筈もないし。
 修理費の請求……とか考えたけれど、ゼニー貰ってもどうしようもないか。


 そして待望の第6サイヤ人組!
 ケールちゃんはキャベくんのこと好きなのかしらと思っていたら、彼はケールちゃんを知らなかったのね。

 それでもカリフラちゃんと話していた所などを見ていて、ケールちゃんのほうは彼を知っていたっていうのもあり得るけれど……カリフラちゃんに責められるキャベくんという状況を見て笑っていたあたり、個人的にはキャベくんが好きという展開より、気弱なケールちゃんにとって強くて気丈なカリフラちゃんは理想の、憧れの人、といった感じなのかもしれない。そうであってほしい。

 仮に恋愛描写があるとしても、カリフラちゃんとの友情がメインで描かれて、トレーニングしたり大会で戦ってる内にキャベくんが気になり出した、くらいが望ましい。


 中でもよかったのはカリフラちゃんがケールちゃんを大事に思ってるのが感じ取れる所。
 自分なんて駄目だと消極的な彼女に対して、全く苛立ったりせずに期待してるカリフラちゃんを見て心底安心した。
 よかった、グズグズすんじゃないよとキレるような関係じゃなくて本当によかった。

 明日の話でいよいよ待望のブロリー然とした姿が見られるようだけれど、カリフラちゃんが喜んだら嬉しいな。

 でも何であそこまで到達したのかしら……。
 潜在能力が高過ぎて、単にスーパーサイヤ人になっただけであの状態なのか、なかなか踏み切れないケールちゃんの為にカリフラちゃんが一計を案じた結果とか?

 ああ、楽しみで眠れないかもしれない!


 フリーザの件は話を進めてる最中にブウが起きて、そいつはもういいから戻ってこい、ってなると私は期待してる。
 フリーザは絶対に共生することのできない敵であってほしいもの。

 

 

若さと知性

 肉体の最盛の訪れのなんと早いことか。知性を置き去りにして、人間の迎える全ての契機より早く、恋人の死に目に駆けつけるがごとく息を切らせてこの身に訪れる。夏の色濃い煌めきの激しさで我々を惑わせておきながら、気の多い人間の心変わりのように、あまりにも突然にこの身から去っていく。
 知性の実りが遅いのか、人間の肉体の成熟が早いのか?
 いや、知性が未熟ゆえのこの成熟か。
 十代、二十代の血色のいい若々しさ、夏の木々のような濃緑のみずみずしさ。それらを心行くまで楽しむには知性など、子供の動向に目を光らせる親のように邪魔にしかならぬと言わんばかり。
 しかし、もて余しさえするこの時期この衝動。
 よもやこれは神の成熟のなごりなのではないかという気さえしてくる。
 神が我らを創り上げた際、ただあるがままの肉体だけが神の影響を受けて、最盛期だけ似通ってしまったのではないか。
 そして、より困難な、扱いの難しい、知性の成長の速度だけは近づけなかったのではないか。

 だとしたらなんと悲しいことであろう。
 我らは目前の真偽の判別すらままならぬというのに、この愚かしさ。
 賢者以外は知性の成熟を迎える前に死を迎えるのであろう。
 この不出来さこそが、人間の苦しみの根源に他ならぬのではないか。

肉体の若さと知性

 肉体の最盛の訪れのなんと早いことか。

 知性を置き去りにして、人間の迎える全ての契機より早く、恋人の死に目に駆けつけるがごとく息を切らせてこの身に訪れる。夏の色濃い煌めきの激しさで我々を惑わせておきながら、気の多い人間がするように、あまりにも突然にこの身から去っていく。

 知性の実りが遅いのか、人間の肉体の成熟が早いのか?

 いや、知性が未熟ゆえのこの成熟か。
 十代、二十代の血色のいい若々しさ、夏の木々のような濃緑のみずみずしさ。それらを心行くまで楽しむには知性など、子供の動向に目を光らせる親のように邪魔にしかならぬと言わんばかり。

 しかし、もて余しさえするこの時期この衝動。
 よもやこれは神の成熟のなごりなのではないかという気さえしてくる。
 神が我らを創り上げた際、ただあるがままの肉体だけが神の影響を受けて、最盛期だけ似通ってしまったのではないか。
 そして、より高度な、扱いの難しい、知性の成長の速度だけは近づけなかったのではないか。

 だとしたらなんと悲しいことであろう。
 我らは目前の真偽の判別すらままならぬというのに、この愚かしさ。
 賢者以外は知性の成熟を迎える前に死を迎えるのであろう。
 この不出来さこそが、人間の苦しみの根源に他ならぬのではないか。
 

苦しい。

 久しぶりの感覚だ。

 いや、久しぶりだっただろうか……?

 

 まあ、そんなことはどうでもいいか

 

 あれだけ楽しいと感じていた通所先へも今月は行けず、やりたいとおもってたことへの情熱も何もかも消えてしまって、冷えきった部屋の中で夢を燃やしたような灰と二人きりのような気分。

 自信が喪失したせいかだろうか。できるか否かよりも、もはや何がしたかったのかさえも思い出せない。
 体調不良がいつもより長いのも悩みの種だ。空腹は覚えるのに、一口運ぶと吐きそうになる。

 休んでる間にも迫る、通所先への利用期限に震える。
それでも体は動かない。あるけばボーッとしてふらつきを感じる。
 さらにはふとした瞬間に、なにもない瞬間に涙が出る始末。

 

 何より語る言葉の美しくなさは頻繁に私を苛む。

 小学校から始まった不登校の最中、全く勉強していなかったせいで理解できることすらない。
 学ばなければならない知識は膨大で、どこから手をつけたらいいのかもわからない。加えて、理解できなかったらと思うと、恐怖で表紙に手を伸ばすのもままならない。

 睡眠薬もほとんど意味を成さない。また鳥の鳴き声が聞こえてきた。
 起きた瞬間ではなく、鳥の鳴き声が聞こえ始めるまえから起き続けるのは吐き気がする。鳥の鳴き声が、私を責め立てる怒声に聞こえるのだ。

ああ、涙が滲んできた。何の理由もないのに。
 でも、確かに苦しい。それは確かだ。

 私は何をしたらいいのだろう。何をしたら、いや、何ができるのだろうか。

 普通にはどうしたって馴染めない、すぐに不安定な心持ちになってしまう。
 しかし特殊な分野で生きていけるだけの技量も知性も才覚もない。
 通所先が好きなのに通えなくなる時点で、何も成すことはできない──継続力がないのだと、証明しているようなものではないか。
 ワナビーに過ぎぬ凡俗は夢を見てなどいないで、“普通に慎ましく生きよ”と?
 そんなのは死んでいるのと変わらないではないか。

 本当に参っている。私は何がやりたかった?

 どうしたらいいのだろうか。

 愛する人の手にかけてもらえれば救われるのだろうか。
 そんなことを想っても、いざ死がセマルことを考えたら恐ろしくてたまらない。
 私は本当に情けなくて、個性も美感もないつまらない人間なのね。

ザマス/ブラック(ロゼ)感想 2

 彼の威光はまさに陽光。
 世界の穢れを浄化する光、世の憂いを洗う神の水。
 人間は身の程知らずに神に近付いたから灼かれたのだ。
 離れていれば数多の利益をもたらす太陽も、近寄れば焼け死ぬように。
 まるで人間とは頑強で強靭な細菌のよう。
 人間は黙って滅ぶべきだったのだ。
 抗ったから全て消滅したのだ。
 自然の、宇宙の法則が乱れたのだから滅びは当然の結果といえる。
 もし正しく生きれば、あの世で共に過ごす幸せもあっただろうに。
 彼の管理下に置かれた世界は、オーケストラのハーモニーのように調和した美しさを持っていた筈なのに。

 鐘楼の音かクリスタルボウルの音か、あの神聖で清浄な空気。
 いくら訴えても無意味であると、万感に揺れる心の有り様を、まざまざと映す瞳孔の揺らめきの美しさ。
 もはや期待はできぬと悟り、全てを諦めたように力無く細まる目。
 人間さえいなければ、彼の心は朝日に光る雪原のように無垢なままであっただろうに。


 彼は一貫して美しさを求めている。
「美しさの頂点」「真の美しさが蘇る」

 彼が求めた力は平和のためのものであった。
 しかしそれは暴走した。なぜなら彼は孤独であったのだから。

 人間は彼の愛を拒絶し、自ら死を招いたといえる。
 なぜならば、人間もまた世界の中にある存在、世界の中の一つでしかない。
 人間は下界における最上の存在ではなく、神の下の世界の内にあるだけものである。
 だというのに、彼から貸与された己の星を壊し、あまつさえ他の星々をも破壊するという蛮行を行うならば、諫められるのは当然。
 人間社会においてでさえ、他人を無意味に傷つけて赦される筈がないのは言うまでもない。
 傷付ける対象が己も含め、神の創造物ともなれば、種、それ自体が制裁を賜るのは自明の理。

 もし正しく生きていれば、彼は過ちを犯す愚かな我々を、見捨てることなく見守ってくれただろうに。


 無論、正しく生きるとは一切の失敗をしない生ではない。
 彼は人間は学習しないと言った。
 然るに、過ちから学び取り、改善する努力を行うことが正しい生き方。そうとらえていいのだろう。

 なぜ彼等から悪逆な人間が生まれたのか。
 恐らく界王神とは運命のまま生み出し、ただそれを見守ることしか赦されていないのだろう。
 つまりどのような存在を生み出すかは認められていない、あるいはできないのだろう。
 そして、界王神は直接の指導や是正も認められてはおらず、また多くの界王神は達観した精神からそれを必要とは感じない存在と思われる。
 その中で彼は野花の中に凛然と咲く唯一の薔薇の如く、強い個の意思を持つ神として生まれた。
 その特異な在り方ゆえに、初めて積極的な人間の――悪の根絶を意識する存在となった。
 すなわち今までの世界では悪逆をいさめる、生み出さないということは不可能であった、ということではないだろうか。

 己を人の身に堕としてまで今まで放置された悪を根絶しようとした。
 それは世界全ての責任を取ろうという、毅然として高潔な行動に他ならない

 世界の為に責を負わねばならぬ、それをするのが己の使命と、自分の身を針で刺すように言い聞かせる姿の痛ましさたるや目を逸らしたくなるほど。


 彼はあの景色に何を見ていたのだろう。
 白亜のような冷たい太陽の浮かぶ冷たい世界にただ一人、誰にも理解されることなく、寄り添われることもなく。


 嵐の中に起きた渦に巻き込まれる木の葉のごとく、抗い難い激しい時流のうねりになす術なく呑み込まれ、誰の手も光も届かぬ冷たく苦しい深海に沈んでいく姿のなんと儚いこと。
 冬に散る白百合も、薄いガラスの蝶でさえ、あれほど悲しく切なくはないだろう。


 芸術品とは他人に愛されることで芸術品として成立する。
 なのに、誰も認める者のいない世界において何よりも美しくあろうとする彼は、永遠に完成することのできない芸術品。
 それは永久に愛されない魂のようなものなのではないか。


 薔薇の棘は外に向くものだが、彼のそれは己の内にも食い込んでいるのだろう。
 あるいは人間の野蛮さに触れる度、彼の心だけに刺さり続けていたのか。
 あの凶行は棘を抜こうともがいていただけなのかもしれない。


 彼を野蛮であると言い切れる者がいるのだろうか。
 なるほど、ゴワスの穏やかな人格は理想的なものだろう。
 しかしあれは愛する者が殺されても、とにかく死刑をと、合法的なのだから殺してやれなどと思わず、ただ罪であるから相応に罰されるのがただ道理であると悠然に受け入れるようなものだろう。
 果たしてどれほどの人間がそのような人格者だというのか。

 神とはゴワスや界王神のようにあるべきであり、ザマスは人間に近い未熟な者だというのなら、彼の姿は我々の姿である。
 なればこそ、一体、どんな人間が非難できるというのか。

 仮に広い度量で多様性を認めるのが神らしさであるとするならば、悟空は神に等しいと言える。
 彼は感想は述べるが対象の在り方を力で変えようとはまずしないのだから。

 そんな“原作の彼”とザマスが戦いの最中に各々の世界観を論争することがあったなら、どれほど興味深い価値観を我々は得ることができただろうかと思うと残念でならない。
 ザマスの気持ちも認めることはできないだろうが、それも一つの世界観であると認めはしたかもしれない。
 もしその態度を目にした時、ザマスは果たしてどんな思いを抱いただろうか。


 ロゼへの変化は、触れたら砕ける薄氷や薄ガラスのような心から、どれほどの熱でも溶けぬ黄金の精神への、錬金術のごとき神秘的な変化は、融解した鉄の流動を見ている気にさせられる。


 彼は繊細だ。克己心が強く、理想主義だ。
 決して鈍感ではなく、図太くもない。

 人間がいる限り、世界の全てがストレスとなり彼を追い立てるだろう。
 その間、彼は苦悩に没頭した状態だ。

 しかし世界を平定したのち、苦しむ理由が無くなり、思索に耽る余裕ができた時、彼は永遠の孤独に耐えられるのだろうか。
 調和した世界が、彼を癒やし続ける賛美歌となり、苦しむことがなければいいのだが。


 湖畔に咲く百合、冬の夜明けに咲く月下美人
 ロゼはその名の示す薔薇。夜に咲く赤薔薇、無色の毒に浸したカーネーション、血と夜でできたダリア。

 周りに染められてしまうような純白の布であるザマスと、周りを染めるような夜の海のようなブラック。
 一つの敗北が、一つの存在をこうも大きく分けるとは。

 罪と芸術は等しいものであり、人を最も魅了する罪は殺人である。
 その性質は凄絶な暴力性であり、ならば芸術とは男であろう。
 ゆえにザマスは麗しく、ロゼは美しい

 ターレスの暴力性は、それに美しさが付随したものであり、ロゼのそれは美しさの為に付き従う暴力性なのだ。

 ザマスが視野狭窄に陥るのは致し方ない。
 彼は、人の愚かさという茨の上を、理想主義の克己心と鋼のような自制心で、血まみれになっても歩いてきたのだろう。
 激痛にさらされた状態で平静を保つなど、いったい誰にできようか。
 しかし外から見ている他人には、彼が苦しみの渦中にあり、周りが見えなくなっていることを冷静に察することができるだろう。
 ならばその苦痛の道から助け出し、治療して落ち着いたところで、他の穏やかな道を示してやれば良かったではないか

 苦痛にさらしたまま、その眼前の事実さえ認めず説教して何になる。それは拷問と変わらないではないか。

 界王神よ、無意味な存在など無いというのなら、彼の存在の意味とは何か。
 彼は、彼らは消滅するために生まれてきたというのか?

【ドラゴンボール超】ザマス/ゴクウブラック(ロゼ)感想

※時系列などはバラバラ。

 そのうち整理します。

 

 彼は世界を慈しんでいた。
 創造神に連なるである彼には星、宇宙という壮大な単位でとても大切なものなのだろう。
 親が子を愛するように。あるいは芸術家が己の作品を愛で、誇るように。

 大きく違うのは芸術品ならば変化はしない。完成したらそれまでだ。されど世界は変化する。

 人間とは玉にできた瑕であり、彼の世界を絶え間なく傷つけ続ける。同時に、それを大切にする彼の心も。

 そう、彼の行動は何のことはない。単に芸術家が作品の問題点を直すのと変わらない。文筆家が書き損じた文字を消す程度のことに過ぎないのだ。

 それを踏まえれば、美しさの頂点にいたるという言葉の意味も解しやすい。
 彼は作品を修正する。作品を完璧にするために。
 作品はその修正を以て完成する──つまり美しくなる。

 そして、その「完成された世界で最も高位の存在(神)たる彼」ないし「美しい世界を完成させることのできる存在――崇高な世界の更に高みにいる彼」は美の頂点となる。
 なぜなら、いかな美しい芸術品も皆作者の――創造者の下にあるものだ。

 彼は無菌室で育ったガラス細工のように繊細だ。
 なるほど、ならば人間のような生々しく汚い存在は耐え難いものだろう。
 そして、その邪悪さに影響されるのは避けられない。かつて地球の神がそうであったように。

 然るに彼を凶行へと駆り立てたのは我々人間であり、絶滅は愚かさゆえの自業自得に他ならない。

 なぜ彼を温室から連れ出したのか。温室から厳冬にさらされて生きられる花などあるはずもないのに。

 ゴワスに見守れと言われただけの彼は、親に手を振り払われた幼子のような悲痛と絶望したのだろう。冬に響く悲しい弦楽器の震えをしたあの声。
 界王神界で彼に纏わりつく薔薇は彼から溢れる血の涙。

 彼は優秀だった。生きる世界も美しかった。
 豊かさと知性と美が彼の揺籃だったのだろう。
 だから彼は受け入れられなかったし気づかなかった。
 知恵を活用することを当前として存在し、そしてそれをして生きてきた彼には、知恵を活用しないのではなく、そもそも活用するという発想を持つことさえ困難な者があると想像もつかなかったのだ。

 ただ理解ができなかったのだ。ああ、それは彼の未熟さに他ならないだろう。
 しかし、それを導くのが師であるゴワスの役目の筈。なのに指導法を見誤り、悪手を打ち続けた結果、彼の心は徐々に引き裂かれた。

 茶に反映された濁りが恐れか迷いかだと? 苦悩と悲痛以外にないだろうに!


 悟空の行動も悪いわけではないのだ。
 彼の心はもう、剥落しだす程ひび割れていたのだから。
 最も悪かったのはタイミングだろう。
 ほんのわずか触れただけで砕け散る程、彼の心にはひびが入っていた。
 そして、敗北で無惨に砕け散った。
 だがそこで終わらなかった。次いでババリ星人の野蛮さにその破片を踏みにじられた彼の心は憎悪の炎に燃え上がった。
 その炎はその心を溶かして別の形へと変容させた。

 かくして彼は凶刃を振るう鬼神に堕ちる。
 それはまるで、堕ちた明星。


 裁くことは赦されない。諭すことも導くことさえも。
 なるほど、親がいつまでも手を引いてやる訳にはいかず、界王神の裁量のみで間引けば世界の多様性は無く、元より世界は不要なものとなろう。
 だが、虐げられるものを助けることもできない。見ているのに。救える力もあるのに。誰かを救うために磨き上げ続けている力もあるのに。

 人間の一面しか見ていなかったと彼は言った。
 しかしそれは私たちもではないか。

 彼は平和にならぬ事を。それは慈愛、優しさに他ならないのではないだろうか?
 愛する者が蹂躙され、陵辱され、踏みにじられる様を黙って見ていられる者がどこにいる?

 彼は何度も言っている。人は争いを繰り返すと。すなわち知恵を絞り争いを避け、調和を保つことを是としているのだ

 それでも彼の全ては、歪んだ正義感・未熟な潔癖症・苛烈な独善に過ぎないと、その心の底にある一縷の愛も理解されずに一蹴されるのか。
 それが、彼の凶行への罰だというのか。
 罪を犯す前に有った善意であるというのに?

 マイは自分勝手な神だといったが、彼こそ最も人に応えた神ではないだろうか?
 救われたい、平和な世をもたらしてほしい……そういう人の儚き願いを彼は結果として叶えようとしたではないか。

 顔を覆うあの髪はまるで流れる涙を隠す檜扇か、毒を隠した百合だったのだろうか。

 なぜあの哀れな姿に胸が痛まないのか。
 無価値だからとためらいなく殺す姿に、なぜいたずらに虫を殺す幼子が重ならないのだろう。
 あれほど痛ましいものもなかろうに。

 どうして彼を揺りかごから連れ出して邪悪を見せつけてしまったのか。
 ゴワスの行為は世界のありとあらゆる絶望を見せ、突きつけ、その上で世界に希望を持てというような行為に等しい。
 もし、苦境でも道を謝らないように努力している者を見せていたら、彼ももっと情を持ったのではないか?
 ……それを救えないことに、彼はまた苦悩するのだろうが。

 理解者が他ならぬ自分自身というのも皮肉である。
 それは彼は誰にも理解されないということの証明なのだから。

 彼に並ぶものはいないという絶対性の証明であれば確かに孤高だが。
 しかしそれは、やはり孤独でもあろう。
 誰にも理解されないのだ。なるほど、自分しかいるまい。

 その揺るがぬ絶対さは私には憧憬以外の何ものでもないが……彼は世界に一人っきりなのだ。

 鎌で切り裂かれた世界から覗くのは彼の心に積もった澱みであろうか。
 薔薇を押し込めた万華鏡のような色彩と揺らめき、それを映す彼等の瞳。
 それが彼等の狂気の色でなくてなんであろう。

 目を開け始めた夜空のごとく美しい鎌の色。
 もし彼等が堕ちなければあれが彼等の魂の色だったのだろうか。
 死神の足音のように刻一刻と鳴る時計の針。それと同じように相手を刻みつけ、一周した針が鋏やギロチンになるように、相手の首を落としたらどれほど美しいだろうか。
 そこには、サロメに求められ、首を切り落とされたヨカナーンの美しさをみることができるのだろう。
 あれを間近で見て、感じ取れるべジータ達のなんと羨ましいこと。

 いや、切り裂かれた色は彼等の狂気の色か。
 そうだ、かつて澄み渡っていた彼等の心は、あれほど澱みきってしまったのだ。
 我等はそこまでおぞましい生き物なのか。
 毒と血と薔薇を閉じ込めた万華鏡のような世界のように。

 あるいはあれが彼等の作り上げた楽園の真の姿なのだろうか。

 彼は最初から冷徹だったのだろうか? 私はそうは思わない。無論、少なからず彼の性質であろうが、それだけとは思えない。
 彼は深淵を覗き込みすぎたことで、深淵にのぞき込まれてしまったのだ。
 白い布こそ、黒い染みによく侵されるように。

 彼にもう一人、たった一人、彼を守る仲間がいたら負けることはなかったのかもしれない。
 これが自分一人しかいない彼が、仲間のいる者達に負けた理由だろう。

 自分しか信じることができなかったのは彼の罪か? 悪なのか?
 誰も寄り添わなかったのに、その全てが彼のせいなのか?

 彼のもたらした黒い破滅は絶望ではない。世界が夜明けを迎えるための夜だったのだ。
 夜明け前が最も暗いというではないか。
 彼は夜明けの為の夜なのだ。

 

・対象を殺害する際の表現から読み取れる心情、ないし思い入れ

 チチと悟天を殺した、という台詞は単なる説明でしかないので簡潔。
 ベジータ、悟空、トランクスに対してそれぞれに、前菜、メインディッシュ、デザートという表現は味わうものであることから、心行くまで楽しんでいるのが伝わる。
 ボリュームなどからしても対象への期待値の違いが感じられる。
 打たれて上がる力、それが満ちていく高揚。
 美食の栄養が体の隅々まで行き渡り、心までをも満たしている感覚なのかもしれない。
 地の底から沸き上がる水のように、魂の底から天の美酒が溢れるような。

 悟空はロゼにとって最も期待するもの、その全てを味わいつくして取り入れ、自分の力として昇華させるために必要な存在なのだ。
 かつて自分を打ち負かした相手を踏み越え、己が最上へと到達するため。過去に嘗めた敗北の苦汁を、勝利の美酒ですすぐために。

 彼は力を求めたが、それは“美しさの”頂点としてであった。
 だが、もとより彼は崇高な存在であり、最強の力を持っていて当然だ。
 しかもそれはどこまでも秩序と正義の為。野蛮さへ対抗する盾なのだ。
 彼等のそれが凶刃だと糾弾するのなら、それらを握らせたのは他ならぬ私達であることを忘れてはならない。

 彼等が罪であるなら、それは私達の罪が彼等を通して映っているのだ。
 つまり、もたらされた絶望は贖罪。あれこそ私達の姿。

 なぜ平穏に生きようとしない? なぜ秩序を成そうと生きない? なぜ殺し合うのか!
 彼もたらす破壊は、そんな嘆きに聞こえてならない。

サイヤ人を始末して、残りの人間も皆殺し……フフ」
 というのは直接的だが、目を閉じて笑っている点をふまえ、人間がいなくなること、殺せること、やっと宇宙に平和がもたらされるという理想の実現に喜びが隠しきれなかったのだろう。
 そこから彼がどれほど人間を厭わしく思っていた(野蛮さに傷つけられていた)かを感じる。

 ゴワスに対する「三度も殺すことになるとはな」は非常に素気ない。
 チチと悟天の場合は、あくまで説明であったのに、これから殺そうという相手、増してやかつての師にただこれだけなのは、よほど情がないのだろう。
 この言いようは相手に聞こえるように言う独り言に近く、ゴワスの自体に大した関心がないことが窺える。

 可愛さ余って憎さ100倍というが、なまじ尊敬していただけに、愛想が尽きた際の反動も大きかったのかもしれない。
 まあ弟子の心情を見ずに神チューブ見てるような愚者なれば、さもありなんとしか。

 彼等の戦いの流麗さたるや、歌劇に等しい。
 互いが自分なだけあって、シンメトリーの庭園のような息の合ったあの戦いぶり。
 敵はミラーハウスか万華鏡に迷い込んだ気になるのではないだろうか。

 


 ……などと、どれほど語っても、私は彼等の中に私の望む美を映しているに過ぎないのだろう。
 彼等は私の主観を反射する鏡でしかないのだろう。
 しかし、私はそれを受け入れられない。